陽だまりの場
陽は心を開いてゆきます。 陽があたる場所にはすべての生物が集まります。 人も然りです。 そんな場にしたいです。
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2年ぶりの歯医者その後4
投稿者:
玄太郎
投稿日:2010年 1月27日(水)20時08分53秒
返信・引用
平成22年1月18日(月)午後8時18分
平成22年1月22日(金)午後2時30分の15分前に歯医者に着いた。 本日も前回と同じく予定の10分前に呼び込まれた。 今回も前回同様歯磨きが完璧に近いと言われた。またもや内心喜んだ。 上の奥歯の今残っている左から1番目と今回義歯を入れた2番目の間の歯肉がややふくらみかけていることを除けば歯肉全体が引き締まっているのがこの朝実感できた。 だから自信を持って歯医者に向かうことができた。もう少し前にこのことに気がつければもっと良かったととも言われた。 頭では判っていることなんだがね。対忘れてしまうのが人間の性なんだろうか。はたまた私の性状なんだろうか? 前回のレポートに書き忘れたことがある。 この2年来懸案の下の左の奥歯治療の件である。これについては老先生は半分になった歯はその役割を終えているからその気になれば申し出て欲しいと言われた。その言葉に甘えることにした。随分気が楽になった。自分の歯を長く保ちたいものね。 本日自分の歯があることは幸せなことだしその維持をアシストするのが歯医者の役割だと言われた。 そんな言葉を発してくれる老先生だから安心して通院できる。そして本日こんな話も聞いた。 加齢していくと歯が次第に欠け、時には食道に向かうべく咀嚼された期せずして食物中に含まれることになった肺を冒す病原菌が気管へと飛び込み肺の病気を引き起こし死に至ることもあると言われた。その相関関係は少し曖昧に思えるが納得することにした。さて本日の治療も前回同様虫歯の治療と歯垢の除去だった。 歯肉が引き締まることでそれまで見えなかった虫歯が見えるようになりその治療がしやすくなったと言われた。そこから出る血も少なくなったことも見えやすくなったとも言われた。
次回は1月29日の予約になった。さあ、歯のブラッシングをして寝よう。
平成22年1月22日(金)午後11時08分
その後予定は1月29日だったが取材の予定が入り2月5日9時半からになった。
2年ぶりの歯医者その後3
投稿者:
玄太郎
投稿日:2010年 1月23日(土)09時50分46秒
返信・引用
2010年1月12日午後3時の15分前に歯医者に着いた。午後3時が予約の時間なのだ。
3時になっても呼び込みがない。結局午後3時15分になって呼ばれた。 本日は男先生ではなく女先生である。2年前奥歯の下の方を抜歯すると言って聴かなかった人である。
それで歯医者に行かなくなったのだ。 上の方の前歯が虫歯になっているからそれも治療しましょうと言った。 本日は、左上の奥歯の義歯が出来上がってくる日で新しい義歯が入る予定の日だった。それが終わり歯垢の除去が終われば従前のように今回の治療は終わるはずだった。
前歯が虫歯で上の真ん中から左へ一本目の歯の歯茎がふくらんでいるからの治療を追加すると言う。それはよしとしても前回の治療していない下の方の奥歯についてはその時触れなかった。 新しい義歯を入れるべく調整中にその話がでた。 治療台に寐ている私は口は開いているのだが治療中とてものが言えない。目で返事するしかないが伝ったかどうか判らない。もし前回のように抜歯すると言い張り、その後義歯を入れないというのならまたしても通わなくなるだけだと思った。抜歯されたまま放って置かれるのが嫌なのだ。 そうなるとしても虫歯の治療のあとになるだろう。 そうであれば良いのだが…。 治療の順番を入れ替えられれば、流れで抜歯したままで義歯を作らないことを強行するやも知れぬ。そんなことを考えているとやがて調整の後新しい義歯が入った。 要治療の前歯を特に念入りに磨くよう言われた。 血が出ても良いからしっかり磨けと厳命された。 歯槽そのものが随分悪化しているから歯磨きを念入りにしてくださいとのことだった。それについては異論がない。そうするしかないのだ。
次回は1月18日である。
平成22年1月13日(水)午前4時18分
神戸市須磨区車大歳神社翁舞神事
投稿者:
玄太郎
投稿日:2010年 1月16日(土)22時52分50秒
返信・引用
国指定の重要民俗文化財の翁舞へ行ってきた。翁舞は能の源流とも言われている。 午後7時からの開演に間に合うべく神戸市営地下鉄から東へ400mの妙法寺広畑橋三叉路を北へ約15分をかけて徒歩で県道22号線の坂を登った。この道は幅が狭く名にし負う難路である。歩道が狭いのである。ほとんどの区間片側しかそれがない。 ガードレールがとぎれる部分では対向する自動車が迫ってくるよう感じられることもある。歴史散歩スポットでもあるので迷わず行ける。初めての人はどこにあるのか判りにくいかも知れない。だからあらかじめ神社のホームページか観光ガイドブックでその位置を確認しておかれるが良い。今年の須磨区の広報誌にはこれまでレポートしてきた妙法寺と勝福寺の鬼追い行事とともに載せられていた。筆者はこの地域の人と交流がある。 この神社の奉納額を見せてもらったりやこの地出身の相撲取りの墓に地元の人に案内してもらったこともある。現在はその奉納額の翻刻に勤しんでいる。だいぶん読めるようになったがデジカメで撮影したもので行っているのでその字の薄い部分が解読できなくて難儀している。赤外線カメラを使用したらもっとはっきりするだろうと思う。 そのうちお願いしてしかるべく機関のそれで撮影できたらと思う。その機関の内諾は既に得てある。それを翻刻することでこの地域の幕末の頃の豊かな文化の解明に光を当てることに寄与できると思う。さて、午後7時からの開始予定だったが10分ほど遅れるとのアナウンスが主催側からあった。結局2分遅れで始まった。10数人の列の最後尾にお世話になった人がいた。邪魔にならないよう短く声をかけた。短く頷かれた。あとで憚るべきだったと反省した。奉納殿はすべて開放されその中の蓆座(むしろざ)に着席した。 足がしびれないように竹製の補助具があった。神職の人が本殿でお祓いをした。なお神職は兵庫区の平野の祇園神社から来る。兼務神社とのこと。その御神酒を二手に分かれ踊り方や囃し方に勧めた。一巡したあとその注ぎ手同士がが相互に御神酒を注ぎあいした。神職は奉納者に向かいお祓いをした。笛が鳴り謡が始まった。小鼓も鳴る。翁面等の入った筺をあける儀式があった。主役の大人がその筺をあける。半紙を畳んだものを口に挟みながら行う。 露払いの少年の舞が始まった。少年らしい若々しい舞だ。烏帽子、水干の衣装だが面は着けない。 そのあと翁の面を着ける儀式があった。介添え役に烏帽子を外してもらい面を着ける。その後再び烏帽子を着ける。 そして翁舞が始まる。五穀豊穣や家内安全を祈る言葉を発しながら舞う。扇を片手に両手を広げる姿が撮影ポイントだ。大きな動作で舞う。勇壮な感じを受ける場面もある。この後やや年かさの少年が翁面を着けて舞う三番叟があった。この子の踊りがまた上手い。口上も昔の語りなのに切れがよい。違和感があるが伝統を守って行く力強さを感じた。普通の翁舞ならこれで終わりだがここのそれは父慰(ちちのじょう)が加わる4部構成。古式を伝えると言う理由をもって国指定の重要無形文化財となった。発祥の時期は不詳だが幕末の頃の台本が残っているから少なくともそれ以降続いてきているのは間違いない。神戸市内でも珍しい。須磨ニュータウンの一角に古式ゆかしい行事が残っているのは喜ばしいことである。演者はすべて旧来からの地元の人である。ムラの人と言って良い。これだけの行事を維持するのは大変だと思う。この日は大雪が九州で降るほど寒かった。足がじんじん冷えた。時折二カ所で焚かれているたき火で暖を取った。始まる前に甘酒が振る舞われた。勧められて時間をおいて2杯頂いた。これで結構暖が取れた。奉納殿の後に陣取ったので舞の良い場面の撮影はできなかった。本殿に向かい舞うから後ろから撮影することになるからだ。幸い去年は本殿と奉納殿の間に位置することができたからほぼ真正面から撮影できた。だから今年は良しとしたい。8時半頃儀式は終了した。これで須磨区内での冬の伝統行事は終わった。あと2月4日に長田区の長田神社で追儺式がある。 平成22年1月16日(土)午前9時53分
2年ぶりの歯医者その後2
投稿者:
玄太郎
投稿日:2010年 1月13日(水)04時12分14秒
返信・引用
平成22年1月5日(火)歯医者に行った。午前10時30分の予定だったが呼びこまれたのは10時45分だった。口を開けてやや堅いペーストを上の歯と下の歯の間に挟み込まれた。 それを取りだし観察した。土台が歯槽に完全に接着しているのを確認した後その土台を少し削って調整をした。口内がその削りかすでざらついた。今度は柔らかいペーストを今度はより広範囲に貼り付けた。冷たい感触が広がった。今度入れる義歯の型どり作業だった。この間5分ほどだった。次回は明年の1月5日。今度はいよいよ新しい歯がはいるのか?
平成22年1月5日(火)午後0時30分
2010年1月12日午後3時の15分前に歯医者に着いた。午後3時が予約の時間なのだ。
3時になっても呼び込みがない。結局午後3時15分になって呼ばれた。 本日は男先生ではなく女先生である。2年前奥歯の下の方を抜歯すると言って聴かなかった人である。
それで歯医者に行かなくなったのだ。 上の方の前歯が虫歯になっているからそれも治療しましょうと言った。 本日は左上の奥歯の出来上がってくる日で新しい義歯が入る予定の日だった。それが終わり伺候の除去が終われば今回の治療は終わるはずだった。
前歯が虫歯で上の真ん中から左へ一本目の歯の歯茎がふくらんでいるからの治療を追加 すると言う。それはよしとしても前回の治療していない下の方の奥歯についてはその時触れなかった。 新しい義歯を入れるべく調整中にその話がでた。 治療台に寐ている私は口は開いているのだが治療中とてものが言えない。目で返事するしかないがつたわったかどうか判らない。もし前回のように抜歯すると言い張り、その後義歯を入れないというのならまたしても通わなくなるだけだと思った。抜歯されたまま放って置かれるのがいやなのだ。 そうなるとしても虫歯の治療のあとになるだろう。 そうであれば良いのだが
…。 順番を入れ替えられれば、流れで抜歯したままを強行するやも知れぬ。
次回は1月18日である。
勝福寺の追儺式
投稿者:
玄太郎
投稿日:2010年 1月 9日(土)04時50分32秒
返信・引用
編集済
2010年1月号の須磨区の広報誌に載せられた伝統行事のうち1月にあるものは須磨区北部の車地区の1月14日午後7時から行われる大歳神社の翁舞神事と妙法寺追儺式と本稿の勝福寺の追儺式である。2010年1月7日先の妙法寺の追儺式に引き続き同じ須磨区内の大手町にある勝福寺の追儺式に出かけた。 妙法寺が午後3時から約1時間に対し勝福寺は午後6時から2時間以上である。 両方とも真言宗のお寺である。 創建は妙法寺が奈良時代の天平10年(738)に対し勝福寺は平安時代の永延2年〔988〕である。 その規模は創建当時では塔頭(付属堂宇)の数が前者が三十七坊後者が三十六坊である。大寺と言って良いだろう。 特に妙法寺の場合平安時代末の平清盛の時代には福原京の西北に当たりその方角を守護すると言うことで寺領千石が与えられた。南北朝時代に高師直の手にかかり焼かれ衰退の道をたどるが江戸時代には数ヶ寺の塔頭があった。 後者の勝福寺も江戸時代には同数ぐらいの塔頭が有ったそうだ。勝福寺は太平記と言う戦記文学によると足利尊氏が弟との戦いに負けあわや切腹しようとしたところすんでの所で和議が成立しそれを免れたという松岡城の有ったところという説がある。その証拠に大手町言う地名がそれを物語ると主張するのだ。 別の説では西宮市内のそれと言うのもある。 何れにせよ古刹であることは間違いない。 須磨区内ではかっては須磨寺や頼政薬師寺でも追儺式が行われていたと言う。1月7日の午後2時から市内西区の三身山太山寺でも追儺式が行われた。無理すればそこにも出かけたかったが当日は霰が舞うほど気温が低下していたので大事を取って行かなかった。勝福寺は昭和13年の阪神大水害の際の山津波により本堂が破壊されてより庫裏をその代わりしてきた。昨年、70年ぶりに本堂を再建した。 現在白木が美しい大きな本堂がある。 その場所は須磨区大手町にあり。神戸市営地下鉄と山陽電鉄の板宿駅からほぼ西へ徒歩15分の距離に位置している。 最寄り駅は山陽電鉄東須磨駅である。道さえ解れば板宿駅から歩いても良い。その昔今の都知事の石原慎太郎氏兄弟が幼少期を過ごしたのもこの付近である。 鈴木商店のお家はんである鈴木よねさんや日本毛織や川西航空機の川西清兵衛氏らの大邸宅があったのもこのあたりである。板宿駅から板宿商店街を通りダイエーのところから西へ延びる大きな道を約700m行ったところに献灯の大きな提灯が2張り対で灯されていた。そこから300mほど来たに坂を上がるとお寺に着いた。時既に6時20分だった。 問の外で主催者の鬼追い行事の解説が聞こえてきた。門を入ると大勢の人がいた。 寺地の真ん中付近の直径数m大きな穴が掘られそこでは丸太を積み上げたものを燃やす大きな火があった。 この火に竹筒の表面に願い事と氏名を記したものを書いて投げ入れるのだと言う。これで厄が祓えるのだと言う。1本500円の竹筒である。甘酒の接待もある。 さて、本堂の前にこの行事の式次第が掲げられていた。鬼追いの舞台は寺地の東側に設けられていた。鬼は庫裏で隊列を整え大火の前で麦わらでできた松明に点火してから舞台へと向かう。 子鬼や赤鬼、黒鬼、青鬼がいる。 鬼の衣装は茶色の衣装で全身を包み白い太い紐の編み目でその模様をつくる。鬼の種類の区別は鬼面の色により決まる。夜目は赤い色だけが確認できた。 妙法寺のわら紐にたいしこちらはサラシの紐であった。 清潔感溢れる衣装でマツリに対する意気込みが感じられた。 舞台には2匹から数匹の鬼が踊り行事を進行する。 最後に餅を鉈で切るのは妙法寺と同様である。 但し餅はふるまわれない。鬼の面はリアルに作られておりやはり3本の角がある。藤原英雄丸が鬼を退治し、彼が開山の和尚(證楽上人)になったと言う伝説がこの寺にはある。この時の鬼退治の様子が鬼追いの踊りになったそうだ。
この春にはお寺の裏山にある88カ所が再整備されお参りができるようになるという。以前訪れた際には道もあれていてそれができなかった。信徒が力を合わせてできたものと聞いている。 その中には先の鈴木よねさん寄進の石仏と祠もある。
平成22年1月9日(土)午前4時49分
妙法寺で追儺式
投稿者:
玄太郎
投稿日:2010年 1月 6日(水)10時19分23秒
返信・引用
2010年1月3日神戸市須磨区の妙法寺で追儺式(ついなしき)があった。創建が奈良時代になる古刹での行事だ。平安時代から連綿と続く。おそらく日本で一番早い鬼追い行事である。ここの鬼は悪鬼ではなく毘沙門天の使いである。荒削りの大きな鬼面で演ずる舞台は勇壮そのものだ。そのお面は怖い面相ではなく人なつっこいものもある。ユーモラスと見えるお面が心を和ませる。白鬼と黒鬼それと子どもの赤鬼総勢10数体がその旅の様子を演じる。小型の鉞(まさかり)で竹を裂いたものを束ねたもので作った松明(たいまつ)の先を切る際には火花が舞台から落ちてくる。その火の粉を被ると縁起が良いとか言われている。火の粉と言っても大きな竹の燃えたものが跳んでくるので服に付たら穴が空くかも知れないとてできるだけ舞台から離れるよう注意をされる。この妙法寺の周りは〜丁目とか言う表示はない。未だに字名(あざめい)表示である。そこから数百メートルのところに須磨ニュータウンの一部がある。 先輩の著書にある「大都会の中の農村」そのものである。ここは須磨区の板宿地区から白川街道(県道22号線)を北へ2Kmのところだ。
2年ぶりの歯医者その後1
投稿者:
玄太郎
投稿日:2010年 1月 2日(土)01時41分40秒
返信・引用
その週末の土曜日、午前10時の予定時間の10分前に医院についた。 時間きっちりに
入室を許された。 そして入り口に近い治療イスに座るよう指示された。治療が始まった。 その部位の歯槽に詰められたガーゼを取り去り、そのところを観察した。そして何度も指でそこに触れた後、土台を設定すべくその位置を確かめた。そして歯槽の型を柔らかいガム状のペーストで取った。それに基づいての土台の製作に入った。 できたものを歯に装着すべくはまり具合を確かめた。幾度がそれを繰り返され、歯茎に生体用接着剤で装着された。それで終わり。 『ええっつ』と思った。次回は明年の1月5日。
平成21年12月29日(火)午後6時38分
2009年の私の十大ニュース
投稿者:
玄太郎
投稿日:2009年12月31日(木)17時48分37秒
返信・引用
1.約30年ぶりの学校生活
2.高級時計を購入
3.大画面デスクトップパソコンの購入
4.公的任務の委嘱
5.高性能プリンター(オールインワン)の購入
6.パソコンのメモリーの4ギガ化・ケーブルネットのインターネットへ加入
7.テレビに複数回映った。
8.ボランティア活動を3つ増やした。
9.初めての田植え・稲刈り
10.花粉症克服(三年間杜仲茶飲み続けた結果)
信じられない!
投稿者:
玄太郎
投稿日:2009年12月26日(土)11時50分6秒
返信・引用
昨日、公設の大規模温泉に行った。 身も心も温まっていい気分で帰ろうとした時、とんでもないものを見た。 なんと靴を袋等に入れないまま脱衣箱に入れているのである。何すんねん!(何をするのだ)と思った。 遠目でも見たところどう見てもきたないズック靴で室内に持ち込むべき高価な靴でもない。 機でも違ったのかと思い注意をしに行こうかと思った。が日本人の習性としてむきつけに本人にそれを言うのは好まない。後難をおそれると言う本能も働く。 で、見ぬふりをして室外の温泉受付の男性にその旨を告げた。 その男性は別のお客と談笑していたがそれを聴くと怪訝な顔をして脱衣場に向かった。 しばらく私は室外でどうなるのか見ていたら二人とも下足箱のところに出てくる気配がない。 そのうちふと見ると受付にかの男性は戻っている。 さすればあの脱衣箱に靴を入れた男はどうしたのだろう。 受付の男性は彼に注意をしたのだろうか。 元公務員の習性として事を荒立てることなく済ますために室内にはいるふりだけをしたのだろうか? かの男は、下足箱に靴を入れないところを見ると脱衣箱に靴を入れてその上に脱いだものを入れてお湯に浸かっているのだろうか。 室内の注意板に公衆衛生上不潔なことはしないことと明記している。 この二人はそれが見えないのか、解ってないのか。 はたまた本当に惚けてしまっているのか不明だ。 何とも、もやもやした気分で遠目から見ていた場所を後にした。
平成21年12月26日(土)午前11時46分
2年ぶりの歯医者
投稿者:
玄太郎
投稿日:2009年12月25日(金)01時29分30秒
返信・引用
昨日、2年ぶりに歯医者に行った。 実はこの春に行くべきだったのだ。しかしこれまで行かずに済んだ。左顎左から2番目の奥歯(治療済み)の歯が崩落したのだ。前に被っていた銀のそれが外れた。その2年前に土台がグラグラしているから処置なしとて抜歯すると女医師に宣告された。 何とか再建できないかと訴えたが素気なく却下された。次回来院の際には抜歯すると再び言われた。で、これまで行かなかった。正解だったと思う。 なぜなら抜歯したままでその後そこには歯茎だけで歯を植えないというのだからね。おかげで2年間何とか使えた。前の治療の際神経は抜いてあるのだから何ら痛みも生じないのだ。それでその歯は未だに元の歯が後ろ半分健在だ。 今回歯医者に行こうと思ったのはそのすぐ上の歯、上顎左から2番目の奥歯(これも治療済みしかも全部銀張り)が歯槽膿漏の進行により根本から折れてしまったのである。その後処置をしてもらう為にである。 それが折れたのが深夜だった。次の日直ちに予約を入れた。すぐに治療してもらえると思ったら3日後と言う。さらに詳しく話したら一週間後に変わった。『あれあれ』と思った。抜けた直後は処置することがないと言う。おかしいと思った。 その理由をくどくどそう説明したので嫌になりそれはいいから予約可能な日をと強く言うと一週間後の午前10時と言った。電話による予約である。 当日、10時15分前に診察券を出すと予約は11時だと言う。私の記憶では10時だと言ったら11時ですと受付嬢は言い張る。争っても仕方がないので11時まで待つことにした。 11時の5分前に医師から呼び込みがあった。 通常なら仮に11時の予約だったとしてもそれから10分は待たされるのが常である。たまた前の患者の処置が早く終わったのかどうか分からないがとにかく呼び込んでくれた。 おそらく先の受付嬢との押し問答を聴いておられたのだろう。 治療室に入ると三台ある治療イスの奥のそれを老医師は勧めてくれた。 着席するとその医師はカルテを見て二年前の経緯を語った。 それを私はさらりと右から左へと受け流した。 そして今回の治療をしてもらう箇所をお願いした。先ずその箇所のレントゲン撮影を行った。そして新しい歯を作るための土台作りのため盛り上がってきていた歯肉を削除した。電気メスという声がした。麻酔はすでに打たれているが僅かに歯肉を切られている感が小さな痛みで解った。それからいつものように治療の間、歯槽のブラッシングを励行すること、その歯をよい状態で維持するお手伝いをするのが歯科医であると言われた。もっともなことで心の中で頷くしかない。年末で有るので12月26日に新しい歯を入れるべくその作成に努力するからその日の午後2時に来院するよう指示された。
平成21年12月22日(火)
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2年ぶりの歯医者その後4
投稿者:玄太郎 投稿日:2010年 1月27日(水)20時08分53秒平成22年1月22日(金)午後2時30分の15分前に歯医者に着いた。 本日も前回と同じく予定の10分前に呼び込まれた。 今回も前回同様歯磨きが完璧に近いと言われた。またもや内心喜んだ。 上の奥歯の今残っている左から1番目と今回義歯を入れた2番目の間の歯肉がややふくらみかけていることを除けば歯肉全体が引き締まっているのがこの朝実感できた。 だから自信を持って歯医者に向かうことができた。もう少し前にこのことに気がつければもっと良かったととも言われた。 頭では判っていることなんだがね。対忘れてしまうのが人間の性なんだろうか。はたまた私の性状なんだろうか? 前回のレポートに書き忘れたことがある。 この2年来懸案の下の左の奥歯治療の件である。これについては老先生は半分になった歯はその役割を終えているからその気になれば申し出て欲しいと言われた。その言葉に甘えることにした。随分気が楽になった。自分の歯を長く保ちたいものね。 本日自分の歯があることは幸せなことだしその維持をアシストするのが歯医者の役割だと言われた。 そんな言葉を発してくれる老先生だから安心して通院できる。そして本日こんな話も聞いた。 加齢していくと歯が次第に欠け、時には食道に向かうべく咀嚼された期せずして食物中に含まれることになった肺を冒す病原菌が気管へと飛び込み肺の病気を引き起こし死に至ることもあると言われた。その相関関係は少し曖昧に思えるが納得することにした。さて本日の治療も前回同様虫歯の治療と歯垢の除去だった。 歯肉が引き締まることでそれまで見えなかった虫歯が見えるようになりその治療がしやすくなったと言われた。そこから出る血も少なくなったことも見えやすくなったとも言われた。
次回は1月29日の予約になった。さあ、歯のブラッシングをして寝よう。
平成22年1月22日(金)午後11時08分
その後予定は1月29日だったが取材の予定が入り2月5日9時半からになった。