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ハンセン病回復者 足りない行政支援

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年10月24日(土)09時09分47秒
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  全国十三カ所の国立療養所を退所し、一般社会で生活するハンセン病回復者が増えている。しかし、生まれ故郷に戻った人はわずか。今なお残る社会の偏見・差別に本人や家族がさらされるのを恐れているからだ。「回復者を温かく古里に迎え入れよう」。そんな地域の取り組みが必要とされている。 (市川真)

 宮崎県延岡市。日野弘毅さん(75)宅の周りの田畑は秋の実りで彩られていた。日野さんを囲むのは地域の人や老人ホームで暮らすお年寄り、支援する看護師ら十数人。週一回、恒例の昼食会の風景だ。

 「日野さん、べっぴんさんに囲まれて」とある女性。「生まれて初めてやわ」と日野さんが応えると爆笑が起きた。「すべての人に感謝」と日野さんはうれしそうだ。

 十六歳の時、鹿児島県鹿屋市の国立療養所星塚敬愛園に強制隔離され、半世紀以上を過ごした。途中で二度、古里の延岡を訪ねたが、実家はなくなっていた。大阪府内に住む弟に電話すると「家は焼かれた」。その言葉だけで何が起きたのか分かった。

 社会復帰が生きる目標だった。「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟で原告団の先頭に立っていた日野さんは二〇〇一年に勝訴、〇三年古里に戻ってきた。市が特別に予算を組みバリアフリー化してくれた民間アパートで、愛犬「パグ」と平和に暮らした。

 ところが二年前、脳梗塞(こうそく)の発作で寝たきりに。医師から回復は見込めないと言われたが、支援者たちが今の家に連れてきてくれた。自然に囲まれた暮らしで、日野さんはみるみる回復し、今では少しずつ歩けるようになった。

 市内に住む妹との交流は今もない。日野さんは「顔を合わせにくいんじゃないでしょうか」。両親の墓を建て、月に一度は線香をあげに行く。

    ◇

 国は違憲判決を受け〇一年、ハンセン病回復者に対し隔離期間などに応じて補償金を支払い、〇六年度からは生活のための給与金も毎月支給している。

 公営住宅の優先入居などで回復者を支援する自治体もあるが少数で、古里に帰る人はごくわずか。日野さんは「長い強制隔離ですごく痛めつけられ、帰りたいという気持ちを出せなくなっている」と代弁し、「一人でポンと古里に戻っても生活できない。行政が受け入れ態勢を充実させて」と訴えた。
 
    (管理人) 全く同じ考えです。

 私も当時和光園の原告代表でした。
現在の国民一人当たりの年間最低額が、250万〜300万です。

退所者は、本来なら、年金局扱いですが?未だに厚生労働省内の
ハンセン病療養所費で、まかなわれております。

私は入所者の方が恵まれていると思います。
過日ある看護師さんから、退所者は、それ以上の恩恵は受けなくて
良いと、言われました。

現在を見ていると、一般老人より、手厚い看護&介護を受けていますが?
その看護師は、昔のハンセン病の苦難の歴史を良く把握でき居ない看護師である。

その用な気持ちで、入所者&退所者を看ているでしたら、
自らハンセン病療養所の職員を辞任して、いただきたい。

国の誤った「らい予防法」で帰る家も家族もいない方達に失礼である。

らい予防法廃止になり、職員に力が出で来たと言う訳ですか?

けして退所者の生活は楽でない。私もやもめ暮らしの老人ですが
人事と取りたくない。

日野さん頑張って下さい。(和光園・退所者・森田隆二)
 
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