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【第81回】 内田千惠子さん(日本介護福祉士会副会長)
入所者の重度化が進む特別養護老人ホームで、介護職員が吸引など一部の医療行為を行わざるを得ない状況が深刻化している。厚生労働省は今年2月から、この問題について議論するため、「特別養護老人ホームにおける看護職員と介護職員の連携によるケアの在り方に関する検討会」を開催。9月には、特養の介護職員が口腔内の吸引と胃ろうによる栄養管理の一部を行うモデル事業がスタートした。
モデル事業の在り方を検討するために設置された「専門委員会」の委員で、日本介護福祉士会副会長の内田千惠子さんは、約20年前から特養で介護職員として働き、施設長も務めるなど、長年にわたって特養の現場にかかわってきた。特養での介護職員の医療行為はいつから問題になっているのか、今後どう解決していくべきなのか、内田さんに聞いた。(萩原宏子)
■介護職員の医療行為「前からあった」
―特養における介護職員の医療行為は、いつ頃から行われるようになったのでしょうか。
介護保険制度が始まる前から、既にあったと思います。もともと特養には、「ほかに行く場所がなくなってしまった方が最後に来る所」という感じもありましたし、病院から受け入れを断られた方など重度の方もいました。比較的軽度の方ばかりを引き受けている施設も、中にはありましたが、看取りまでお引き受けすることも多いので、医療行為が必要な重度の方も多くいたわけです。
しかし、看護職員の配置は少ないので、「どうすればいいのか」という悩みはずっとあったと思います。そんな中で、介護職員が「こっそり」やるということがあった。ただ、それがあまり表ざたにならないまま行われていたと思います。
一方で、職員の医療行為に対する認識があいまいだった面もあると思います。例えば摘便。これは医療行為ですが、そのことをきちんと認識していない介護職員も、中にはいました。看護職員が介護職員に、「やっておいてね」と平気で声を掛ける場面もありました。
しかし、介護保険制度が始まってから状況が少し変わりました。どれが違反行為に当たるのか、敏感になった施設が多いと思います。介護職員による配薬をやめたという施設もあったと聞きます。
―介護保険制度をきっかけに、行政側の監督が厳しくなったということでしょうか。
それはちょっと分かりません。ただ、監査も措置の時代とは少し変わりましたし、介護職員の医療行為も含め、違反行為がないか目を光らせるようになった自治体もありました。
―利用者の重度化で医療へのニーズが高まり、介護職員による吸引などが避けられなくなったとの声もあります。
その通りだと思います。特養では、重度の方を優先的に受け入れる「ポイント制」も導入されたので、必然的に重度の方が増えていきました。以前は待っている順に受け入れていたので、軽い方も混ざっていたのですが。また、もともと入所していた方も、年月がたてば重度化していくので、平均で要介護3.8−4くらいには、どこもなってしまいます。
―介護職員自身は、医療行為についてどう思ってきたのでしょうか。
医療行為だということをあまり意識せずやっている人と、「何か起こったらどうしよう」と非常に心配している人と、両方だと思います。心配しながらもやっているという人は、「自分の腕や技術を考えると、どうなのだろう」「看護職員が来るまで待とうか」「このままにしていたら、利用者さんはどうなるのだろう」と、すごく悩んできたと思います。
不安の根っこにあるのは、きちんと教えてもらっていないということでしょう。看護職員から介護職員にやり方を教えるのではなく、介護職員が教えているという施設もありますし、そもそも吸引というのがどういう行為なのか、きちんと説明すら受けていないということもある。分からないのに「とにかくやらないといけない」となると、やはり不安でしょう。
ただ、悩むのはまだいいことだと思います。危険があることを意識せず、当たり前のようにやっているとすれば、すごく危ないですから。
―違法行為をしていることへの不安もあるのでは。
そうですね。やはり医療行為ですから。「まかり間違って事故でも起こしたらどうしよう」との思いはあるでしょう。
―介護職員による医療行為の問題は何年も前からあったのに、なぜずっと放置されてきたのでしょうか。
特養には、これ以上ほかに行く所がない人が入所していたという側面もありますよね。これは想像でしかないのですが、行政もある程度、目をつぶっていたところがあったのではないかと思います。今だって吸引などは間違いなく医療行為ですから、法律的にどう解釈するかというのは、問題としてありますよね。在宅の場合もそうです。
■モデル事業スタート、看護から介護への研修が重要
―厚労省は今年2月、「特別養護老人ホームにおける看護職員と介護職員の連携によるケアの在り方に関する検討会」を立ち上げ、9月には、特養の介護職員による一部の医療行為の可能性を検討するためのモデル事業が始まりました。介護職員にとって、これはやはり大きなことなのでしょうか。
そうですね。「こっそりやる」のではなく、どんな位置付けで、どんな協力体制でやっていけばいいのか、はっきりしていくのが一番いいと思います。
―モデル事業では、口腔内の吸引などの医療行為に介護職員がかかわる前に、看護職員が介護職員に対して研修をすることになっていますが、研修は今回のモデル事業の大きなポイントなのでしょうか。
もちろん、そうだと思います。特養の看護職員の中には、「やっておいてね」と、安易に頼んでしまう人もいるのですが、これが一番よくない。「何かあった時に誰か助けてくれるのか」「バックアップ体制はどうなのか」といったことが不明確だと、介護職員は余計に不安を感じるでしょうから。
そういう意味で、看護職員がきちんと介護職員に教え、理解させるというのは本当に重要です。医療行為である以上、看護職員にはその責任がありますし、とても大切な役割を担っています。単に吸引など医療行為の一部を介護職員に渡すのではなく、きちんと教え、連携して進めてほしいと思います。
―今回のモデル事業では、介護職員がかかわれる医療行為について、吸引は口腔内だけとされ、胃ろうによる栄養管理でも、流動物の注入は看護職員が行うこととされました。この業務の範囲についてはどう思いますか。
今の段階では、妥当なところではないでしょうか。吸引について、「咽頭より奥はできないなら、役に立たないのではないか」とおっしゃる方もいると思いますが、少なくとも専門委員会の中では、現段階で安全にできる範囲は「口腔内」ということで一致しました。
そもそも、少しの研修で介護職員に看護職員と同じ力が付くということは、絶対にありませんよね。要するに、教育のされ方がそもそも違うのです。看護職員は3年間、徹底的に医療を学びます。その基盤があった上での吸引や経管栄養なのです。介護職員が少し教えてもらったところで、土台にある知識や経験は全く及びません。
今後、特養の介護職員が一部の医療行為をやることになったとしても、それはあくまで「緊急避難」的なものであるべきだと、わたしは思います。看護職員がどうしても対応できない時に介護職員が対応するのはやむを得ないと思いますが、恒常的に介護職員がやるというのは違うでしょう。また、看護職員によるバックアップが十分に確保できる配置基準も求められます。
■福祉か医療か、介護職員の役割とは
―介護職員の間で、モデル事業への注目度は高いのでしょうか。
今後どうなるのかは、やはり気になるでしょう。痰の吸引などは、今まで一応しなくてもよかったわけですが、今後頼まれることが増えるかもしれません。そうすると、仕事も増えるわけですから。
―介護職員のモデル事業への受け止めは、肯定的なものなのでしょうか。
少なくともわたしの周りでは、プラスに受け止めている人が多いと思います。
ただ、悩ましいところなのですね。介護職員は生活を見る、「福祉」の人間です。しかし、「医療行為は全くやりません」と言ってしまうと、今度は誰より利用者に迷惑を掛けてしまうから、やらざるを得ない。でも、医療職じゃないから不安はある。仕方ないと思う一方で、「本来、自分たちがやるべきことなのだろうか」と思っている人は、当然いるわけです。
わたし自身は、「看護と介護が連携してやっていく」との趣旨が忘れ去られて、「介護職員がやるのが当たり前」という状況になってしまうことを、一番恐れています。
―正反対の考え方として、介護職員にできる範囲を増やしていこうとの考え方もあるのではないかと思うのですが。
おそらく、そういう考え方もあるでしょう。しかしその場合は、教育のやり方を大きく変えなければいけない。介護職員は、そもそも普段の生活を支えていくという福祉的な仕事です。生活を支えていく中で、何かしら医療的なケアをせざるを得なくなるのは仕方がないとも思うのですが、それを超えて、看護職員がやっているような仕事を介護職員がやっていくというのはどうかと思います。このまま「給与が比較的低い介護職員にやらせた方が安上がりだから」ということになるとすれば、それこそおかしな話です。
今回のモデル事業は、隠れて行われていたものに光が当てられたわけですが、介護職員自身が「自分たちは本来どういうことをやるべき人間なのか」というのを明確に持っていないと、「立ち位置」が分からなくなってしまうのではないかと心配もしています。
介護職員の中には、自分たちへの社会的な評価があまりに低いと考え、「医療行為ができるようになれば、評価も変わるのでは」と期待する人もいると聞いています。しかし、そうすると、介護職員自体が医療側にどんどん組み込まれるということになりますから、これはちょっとおかしいのではないかと思うのですね。
わたしは、介護福祉士なり介護職員というのは、介護という部分で専門性を持った人と考えるべきだと思います。だから、今回の介護職の医療行為も、緊急避難的なものであるべきと考えています。
―医療行為の範囲そのものを変えてはどうか、との意見もあります。
どれくらいのレベルの医療行為かということにもよると思います。これについて議論するならば、別途、きちんと検討会を開くなどして、医療行為の範囲から外しても問題ないのか検討を重ねる必要があるでしょう。今の段階で、「これは医療行為ではない」と分けてしまうのは、少し乱暴だと思います。そうした行為ができるだけの知識と技術が備わっていることが、まず何より重要ですから。
もし今後、介護職員が恒常的にできるようにするというのなら、介護職員養成のカリキュラムそのものを考えていかなければいけないでしょう。
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更新:2009/10/10 10:00 キャリアブレイン
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