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【宮古島】ハンセン病の国立療養所宮古南静園退所者の上里栄さん(74)が13日、宮古島市平良の同園で開かれたボランティアガイド講座で、初めて自らの体験を公の場で語った。「今日は自分の記念日になった」と話し、入所者のために、そしていまだ残るハンセン病に対する社会の偏見や差別を払拭するため積極的に活動する決意を新たにした。(伊集竜太郎)
上里さんは旧平良市(現宮古島市)出身。9歳の時、父親に連れられ歩いて同園に向かった。父親は上里さんを職員に託し、無言で背を向けその場を離れた。上里さんは必死に呼び止めたが父親が振り向くことはなかった。その後、職員に「お前は病気なんだ」と伝えられた。
32歳で退所したが「宮古から離れたい」一心で、兄弟に告げることなく沖縄本島へ向かった。数年後、名護市の沖縄愛楽園にボイラー技士として採用され定年まで勤め上げた。その後宮古には帰ったが生まれた集落に戻ることはなくアパートを転々とした。
2005年、地元に家を建て07年、同級生から老人クラブに誘われたのが転機となった。みんなが快く受け入れてくれた。「いろんなことがあり人目を避けていたが、それは自分の殻に閉じこもっていたのかもしれない」と感じた。
今回、ガイド講座の主催者から講話を依頼され葛藤もあったというが「入所しているおじいやおばあのために体験者が前に出ないといけない」と初めて重い口を開いた。
講座後、上里さんは「何か自分の心にためていたものが解放された感じだ。話して良かった」と語った。
一方、退所後も社会で隠れるように生活している人が多くいると指摘しながら「僕の人生は園とは切り離せない。園のためにも自分の体が続く限り活動していきたい」と力を込めた。
南静園退所者・上里さん 苦悩の日々 初めて語る
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