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菊池恵楓園の将来構想を知事に報告

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年12月 2日(水)22時16分45秒
返信・引用
   ハンセン病療養所を社会に開かれた施設にする合志市の菊池恵楓園将来構想についてきょう入所者自治会の役員らが蒲島知事に報告しました。
報告したのは将来構想検討員会の委員長を務めた合志市の大住市長や入所者自治会の志村副会長らで蒲島知事に、1年間かけてまとめられた将来構想を手渡しました。
菊池恵楓園の将来構想は地域住民との交流をすすめるなど啓発、介護と医療、そして社会化の3つのテーマを柱にしています。
蒲島知事が「法律が壁になっていることがありますか」と聞いたのに対し志村副会長は「将来構想の一つとして恵楓園の中にある看護学校跡の建物を保育所として利用したいが国の利用規定では、高い料金になってしまう。
使いやすくなるように県からも協力をお願いしたい」と述べました。
合志市と入所者自治会は今月中に厚生労働省にも将来構想を提出する予定です。
 

「医療基本法」制定し、国民的議論による医療再建を

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年12月 1日(火)12時41分12秒
返信・引用 編集済
  【第88回】小西洋之さん(東大医療政策人材養成講座=HSP=「医療基本法プロジェクト」グループリーダー)

 昨今の医療をめぐる議論の中には、「そもそも医療は何のためにあり、どうあるべきなのか」といった制度の根本そのものを問う意見も多い。国政の重要政策分野である医療に、こうした制度の基本理念や方針を定めた基本法がなかったことが医療崩壊の原因であり、その制定こそが医療再建の切り札であるとして、シンポジウムの開催などに取り組んでいる小西さんに、「医療基本法」の必要性や有効性について聞いた。(妹尾ゆかり)

―まず、HSPについて教えてください。
 HSPは東京大学で2004年から09年3月まで開講されていた講座で、医療提供者、患者関係者、報道関係者、政策立案者の4つのステークホルダーがそれぞれの長所を相乗することで、「医療を動かす」取り組みの実現を図るものです。
 わたしの属する「医療基本法プロジェクト」は、総勢10人から成り、その中には救急医やカウンセラー、新聞記者や大学教授などがいます。わたし個人は国家公務員なので、政策立案者の立場として、また脳卒中後遺症による一級障害者の遺族としての思いから参加しました。
 個々の医療現場は、文字通り身を削って懸命に頑張っているのに、マクロで見たときの医療制度は、国民の命や健康を守るために真っ向勝負するものとはなっていません。われわれのプロジェクトは、医療をめぐるさまざまな問題の解決には計画的・有機的な政策が必要であるにもかかわらず、現在の医療政策にはそれを実現する仕組みがないとの問題意識に端を発しています。国民的な議論の下で医療を再建していくために必要な指針や取り組みの基盤を与えるものとして、医療基本法の制定が必要であり、また有効であると考えています。

■医療基本法は「医療政策の羅針盤」

―医療基本法とはどのようなものでしょうか。
 まず、「基本法」についてご説明します。
 現在日本には1800余りの法律がありますが、その中で36だけ「○○基本法」と呼ばれる特別の法律群があります。教育基本法や、環境基本法がそれに当たります。
 これらは、国政の重要政策分野について、その基本理念や基本方針を定めるための法律です。基本法の法律上の性格としては、法治国家における最高法規である憲法と具体的な政策の内容を定める個別法との間をつなぎ、憲法の理念を具現化する「憲法の補完的な性格」と、基本法に示された理念や方針を基に、個別法に改正を加えたりして政策の総合的・計画的な推進を確保する「上位法としての統括的な性格」という2点が挙げられます。

―重要政策分野の基本理念や基本方針を定め、その下にある個別の法律に一貫性を持たせる役割を果たすのが「基本法」ですね。
 そうです。話を医療基本法に戻しますと、憲法から導かれる医療政策の基本理念は、25条の「生存権」と13条の「個人の尊厳の尊重と幸福追求の権利」により、「救える命を救い、守れる健康を守る医療」を実現・確保することだと言えると思います。東京の真ん中で救急車の搬送遅滞が起きるような事態は、明らかにこれに反するものと言えますが、「何が救える命か」については、不確実性といった医療の本質や、その時代の健全な社会常識なども踏まえながら真摯に検討されていくべきことだと思います。

―医療基本法は医療政策の策定・実施にどのような役割を果たすのでしょうか。
 まず、医療基本法により、「国民の生命や健康を守る医療の実現」といった医療政策の基本理念が医療法制の中に確立します。例えば、「すべて国民は、その生命の尊厳と、心身共に健康な生活を営む権利が保持されるよう、等しく適切な医療を受けることが保障されなければならない」のように基本理念を規定するとしますと、これはすべての個々の政策のあり方を意義付け評価する、いわば医療のあり方として目指すべき星であり、進むべき道を示した羅針盤となります。
 また、この基本理念を基に、医療政策に本来あるべき基本方針などが規定されます。具体的には、▽科学的知見を踏まえつつ、急性期から終末期に至るまで医療を切れ目なく提供すること▽居住する地域にかかわらず、適切な医療が等しく受けられること▽患者本位の医療の実現のための患者等の政策決定プロセスへの参画を確保すること―などです。
 さらにこれらの医療政策の基本理念・方針の下、個別の政策を有機的かつ総合的に策定し、計画的な実施に向けて取り組むことになりますが、基本法制のミソは、こうした個別政策の立案と実行を担う法的な責任を有する行政機関をセットで設置できることにあります。
 これまでも、前政権下の厚生労働大臣の私的研究会などで医療の将来ビジョンが検討されてきたりしましたが、その議論は一貫性がないばかりか、政策の検討と実行の法的な責任が問われることのないものでした。基本法体系では、医療をめぐるさまざまな関係者が共通の理念を実現するために議論し、その結果は法律に基づくものとして法的に、また政治的にも一定の位置付けを持つことが期待されます。

■「新しい医療のかたち」を見いだす社会的意識改革の契機に

―医療基本法の下では、どのような政策決定プロセスが考えられるのでしょうか。
 まず、図のように、首相官邸や内閣府に総理大臣を本部長とする「医療再建推進本部」(仮称)が設置され、厚生労働大臣や文部科学大臣といった役所を超えた関係閣僚の参加の下、医療をめぐるさまざまな関係者の知恵と創意工夫に頼りながら、医療再建のマスタープランである「医療再建計画」を作ることになるでしょう。英国のブレア政権のNHS(National Health Service)改革でも、まずは現状の課題の分析に基づき、目標値と期限を盛り込んだ改革のマスタープランを作りました。日本でも医療基本法の理念と方針に基づいた5−10年ぐらいの医療再建計画を作る必要があると考えます。
 さらにそれを構成する個別の政策の詳細をさまざまな専門調査会で議論していくことになります。重要なのは、こうしたすべての議事機関には、受益者(患者など)や学会、業界などの関係者、有識者が参画し、国民的議論の場を確保することです。
 また専門調査会は、医療提供体制を改善するための提言を、具体的な政策として形づくる場にもなります。目の前の医療崩壊を緩和するための緊急支援措置から、中長期的な観点をも踏まえた、▽医療機能の分化・連携の推進の方策▽専門医・総合医制度のあり方▽医療データ収集・分析のあり方▽医療事故究明・救済のあり方▽患者の権利保護のあり方―などに至るまで、すべての主要な問題が対象となり得るでしょう。
 また、推進本部のマネジメントを確保することにより、これらの政策を互いに矛盾することなく、総合的かつ計画的に実行していくことが期待できます。

―医療基本法の制定により、医療再建のための指針や、具体的な取り組みを推進する行政的な基盤をつくり、ただ議論を重ねるだけの状況から、現実に医療を動かすところまで期待できるということですね。
 その他にも、医療基本法をつくることには意義があります。
 まずは、持続可能な医療に向けたすべての関係者の信頼醸成や、「新しい医療のかたち」についての社会的意識改革の契機につながるという期待です。医療基本法では、国民の相互扶助によりその生命・健康を託された「医療の公共性」が一つの重要な理念となります。それにより、例えば、国民による医療機能分化に関する理解を踏まえた上での病院などの適正利用の推進や、患者への適切なサービスの提供のみならず、そうしたサービスができるための医療従事者の社会的・経済的地位の保障などを規定することで、関係者が協働して医療を再建していく前提が得られることが期待されます。
 また、わが国の医療は、国民皆保険制度の成立以来、国民的合意が形成されずにきました。経済の低成長や少子・高齢化の困難に直面する今こそ、いかに多様なステークホルダーが合意形成し、中・長期的に粘り強い取り組みを続けていくかが問われています。この点、医療基本法の核心理念は憲法に由来するものですから、たとえ政治状況などが大きく変わっても変わりません。医療のような社会保障政策の根幹部分は、その財源のあり方も含め、一定の継続性が求められます。その意味でも基本法は必要だと思います。

―最後に、医療基本法の実現に向けてメッセージをお願いします。
 基本法はあくまで制度のあり方や大枠を決めるものであり、制定した翌日から医療現場ががらりと変わるというものではありません。
 しかし、現在の医療は、さまざまな論点が錯綜し、皆が共通の出口を求めて第一歩が踏み出せない状況にあると思います。理念を共有した関係者が高みに立って、医療のあるべき姿や、かけがえのない生命・健康の尊厳を守るために「政策合理的」に必要な取り組みを検討し、現場が働きやすいように、また国民が適切な医療を受けられるように変えていける仕組みづくりが今、ますます求められていると思います。
 実は、医療分野の基本法は、1972年に与党案と野党案が国会で審議された歴史的事実があります。また、基本法制は、医療以外の重要政策分野ではスタンダードな政策手法でもあります。さらに、この8月の総選挙では、一部の政党のマニフェストに記載され、患者の視点からの制定に向けた動きなども広がってきています。
 共生社会の理念が広く提言されている今こそ、国民協働による新しい医療の創造のため、われわれの研究活動が一層の貢献ができれば幸いです。

【参考】「医療基本法プロジェクト」の活動資料
 

:ハンセン病療養所の地域への開放=斉藤貞三郎

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年12月 1日(火)11時05分43秒
返信・引用 編集済
    記者の目 明治末期の日本に5カ所の公立ハンセン病療養所が開設されて100年。偏見や差別を助長し、家族や古里を奪った終生強制隔離政策の果てに、2万5000人以上が施設内で人生を終え、3000体を超える胎児が堕胎させられた。今も全国13の国立療養所には約2500人が暮らしている。療養所を地域に開放し、入所者の余生を安心できるものにするための法律はできたが、「壁」はなお残っている。ハンセン病問題は終わっていない。

 出歩く人がめっきり少なくなった通りに、視覚障害者を導くラジオやオルゴールの音が流れる。療養所を訪れるたび、つくづく寂しくなったと感じる。入所者の平均年齢は今年、80歳を超えた。かつて強いられた園内労働で悪化した後遺症や高齢などのため、約6割が不自由者棟で暮らす。聞こえてくるのは、医師や看護師、介護員ら職員の不足に対する不安の声だ。

 弱視の人が食事中に落としたフォークを拾ってくれる職員がおらず、「犬食い」した▽廊下で倒れたまま何時間も気づかれなかった▽夜間におむつを取り換えてもらえない……。全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)の神美知宏(こうみちひろ)事務局長は、こうした実態が所内外に知られないまま、行財政改革の一環として職員削減が進められていると危惧(きぐ)する。

 現状を打開するために今年4月、ハンセン病問題基本法が施行された。療養所を所外の人にも利用できるようにし、入所者の生活や医療の質の保障につなげ、「隔離から共生の場」とする画期的な法律だ。しかし、立地条件の悪い療養所以外でも、将来構想は思うように進んでいない。

 「これでは施設の社会化は難しい」。11月17日、東京都内で全療協が開いた「隔離の100年を問う」集会で、多磨(たま)全生(ぜんしょう)園の地元・東村山市の渡部尚(たかし)市長が苦言を呈した。待機児童の解消や啓発にもつながる保育園併設を提案、入園者自治会も賛同した。しかし、定員100人規模で建てた場合、国有財産法で年1000万円前後の賃借料が発生するという。

 「法の壁」を突き崩そうと、全療協は土地の無償提供を可能にする活動に取り組むことを決めた。その一方で、当事者の国は「具体的な将来像を決めるのは入所者側」との立場のままだ。「古里を奪われ子供を持つことも許されず、この年になって『今から自分の家や墓を作れ』と言われているようなもの。そもそもここに閉じ込めたのは誰か」。知り合いの入所者はため息まじりに話す。

 私が初めて長島愛生(あいせい)園(岡山県)を訪ねてから15年。隔離の象徴でもあった火葬場などは次々となくなり、所内の整備、集約化が進んでいる。それは日本の統治時代、同じく強制隔離が行われた地域でも同じだ。10月に訪ねた台湾の「楽生療養院」では、鉄道工事に伴い歴史的な建造物や文化的景観が壊されつつあり、世界遺産にして守ろうという活動が始まっていた。

 韓国やハワイ、フィリピン、マレーシアなど環太平洋の国々には隔離政策の象徴となった療養所が今も残る。新型インフルエンザなど感染症対策のあり方が注目される中、過ちを繰り返さないためにも、療養所ごと「負の遺産」として後世に残す取り組みがもっと検討されていいのではないか。

 国賠訴訟の原告勝訴判決が確定した01年、私はこの欄で「あまりの偏見の強さに声を上げられないことを、『納得している』『解決した』と社会もマスコミも思い込んでいた。本当の理由を知ろうとせず、また何も知らされずに長い時間が過ぎた」と書いた。しかし、ハンセン病問題を巡る状況は変わりつつある。入所者や社会で身を潜めるように暮らす1000人を超す退所者らの支援組織が各地にでき、基本法制定を求める署名は93万人分に達した。講演や本の出版なども増え、知ろうとさえすれば身近にその機会はある。

 この秋、長島愛生園の宇佐美治さん(83)が26年ぶりに実家の門をくぐった。だが、既に両親、兄弟は亡い。「親族が偏見を恐れていて帰れない人も多い。『年老いて、なお古里は遠し』が実感」と言う。体が動くうちに「一度は外で暮らしてみたい」「親の墓参りがしたい」という入所者の願いは切実だ。遅きに失したが、ハンセン病問題の解決とは「人生被害」を受けた回復者や家族、遺族が「生きていて良かった」と思えるかどうかだろう。

 メディアも含め、かつて「無らい県運動」という旗の下、官民一体となって患者を排除した側が現状を受け止め、動く番だ。療養所が21世紀の共生のシンボルとなる可能性も、そこにかかっている
 

PC修理にだす。

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月30日(月)23時21分21秒
返信・引用
  これまで、デスクトップでいろいと行っていましたが?

何が原因か解りませんが?修理に出しました。
幸い地元で、専門店を一人やっています。方がいます。

もしだめであったら、PCを購入予定です。店の方は、例の東京の地で修行いたし、
島に帰り店を一人でやっています。

私は部品等を購入によく行く店です。現在ノートですが?勝手が悪いです。
慣れる頃には、修理できると思います。
 

福田衣里子衆院議員「多くの方の思いが詰まった法案が成立した」

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月30日(月)21時08分12秒
返信・引用 編集済
  参院本会議での肝炎対策基本法の成立を見届け、傍聴席を立つ福田衣里子衆院議員(左)=30日午前 元薬害肝炎九州訴訟原告の福田衣里子衆院議員は30日午前、肝炎対策基本法の成立を受け、「患者会からすれば30年、40年という戦いで、亡くなる方もたくさんいた中で、多くの方の思いが詰まった法案が成立した。これを骨組みに今後も患者の声を聞きながらいい法律にしていきたい」と述べた。国会内で記者団に答えた。  

松丘保養園・藤嶋さん 隔離罪深い

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月28日(土)16時45分9秒
返信・引用
  青森市の国立ハンセン病療養所「松丘保養園」で総看護師長を務めた藤嶋由子さん(62)=青森市在住=が27日、同園を訪れ、慰霊碑に静かに手を合わせた。老いと、その先にある死に向き合う入所者たちと接してきた藤嶋さん。病理標本となった後、忘れ去られていた胎児の供養に携わった経験もある。らい予防法が1996年に廃止されて強制隔離政策は終わりを告げたが、今もなお誤解と偏見は根強く残る中、「(入所者は)亡くなった後まで、ハンセン病を引きずらないといけない」と、藤嶋さんは胸が締めつけられるような思いを抱えている。  
    (ルルカケス) 悲しい事ですね!

ハンセン病入所者が亡くなるまで、差別・偏見等の誤解が取れない
事は、言葉を失います。

私達回復者が、いくら頑張っても世間はハンセン病を引きずらいと
いけないと言う訳ですね!

今後の運動の方針も、考える時代に入って来たのかも知れない。
 

ハンセン病 縁遠い医師 「制圧」後、新たな課題

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月24日(火)09時30分26秒
返信・引用
  講習会に参加した医師たちに、ハンセン病の症状や後遺症について話す中修一さん(右)=10月、福岡市博多区 日本では制圧されたとされるハンセン病患者の減少に伴い、患者を診察する機会がほとんどない医師の知識や経験不足が、新たな課題となっている。ハンセン病療養所から社会復帰した回復者が一般病院で治療を受ける際に影響が出ているという。回復者の協力を得て治療法を学ぶ医師のための講習会も行われているが、このままでは新しい患者の発見が遅れるとの懸念の声もある。

■大半「診察の経験ない」 患者の発見遅れる恐れ 回復者協力 全国で講習

 「深くメスを入れ、奥の組織を取り出して菌の有無を調べるのが大切です」。10月18日、福岡市博多区のビルの一室。講師役の医師が協力者の腕にメスを入れるのを、取り囲んだ医師たちが凝視した。

 国立感染症研究所ハンセン病研究センター(東京都東村山市)が、病気への理解を深めるため年1回全国で開いている講習会。福岡県内外から約30人の医師たちが参加し、国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」(熊本県合志市)の退所者3人も、協力者として参加した。そのうちの1人、中修一さん(67)は「病名が知られて仕事を失った人も多く、みんなが隔離政策のトラウマを持っている。医師は良き理解者として接してほしい」と訴えた。

 講習を受けた佐賀県嬉野市の女性医師(37)は「知識や経験がないと診断に大きく影響するので、とても役立った」と話した。

 センターによると、ハンセン病の国内の新規患者数は年間10人程度と少ない一方で、回復者は全国に約2千人。いずれも高齢で、薬の不適切な服用で病気が再発したり、手足の傷の悪化など後遺症の治療が必要になったりする場合がある。しかし病気への偏見や差別を恐れ、主治医や家族にも病歴を明かせず、遠くの療養所で診察を受ける人も少なくない。

 医師側の理解不足も深刻で、診断や治療に苦心したり、病歴を打ち明けられ声を上げて驚いたりして、患者に不快な思いをさせるケースもあるという。2004年に横浜市が医師会員約400人を対象に行ったアンケートでは97%が「患者を診察した経験がない」と回答。さらに半数が「診断できない」と答えた。

 こうした状況を改善するため、センターは講習会のほか、全国の大学医学部に診察の手引を配布しているが、医療関係者全体への浸透はまだで、新規患者の診断が遅れる懸念はぬぐえないままだ。センター長の石井則久さん(56)は「新たな患者の診療がスムーズに行える体制をつくるためにも、全国の医師にはまず、知識を深める積極的な取り組みをお願いしたい」と呼び掛けている。

■ハンセン病

 「らい菌」を原因とした細菌性感染症。感染力は極めて弱く遺伝もしない。薬で完治するが、外見上の後遺症が差別や偏見を生んできた。国内では1996年の「らい予防法」廃止まで、約90年間にわたり隔離政策が続いた。全国に13カ所ある国立療養所で暮らす回復者は完治しており、他人への感染はない。
 

Re: ハンセン病:隔離100年問うシンポ

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月19日(木)15時53分3秒
返信・引用
  > No.1197[元記事へ]

> > > 全療協の神美知宏事務局長は「結成以来58年活動を続けてきたが、市民の理解が得られなかったため、予防法廃止が遅れた」と語った
> >
> >
> > 本当ですか?
> ***************************

詳しくは知りませんが?

その辺は北風さんの得意のことがらではないでしょうか?

裁判で大谷先生の発言等を含めて書いて下さいませ。
 

らい予防法闘争

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月19日(木)14時39分11秒
返信・引用
  敗戦後、軍国主義の終わりとともに、日本は民主主議の世の中になりました。国内の民主化とともに、基本的人権に目覚めた療養所入所者が自分たちの生活向上の要求から始めた運動は、1948年に5療養所の患者連盟が発足、1951年には全国単位の患者団体である全国国立らい療養所患者協議会(後の全国ハンセン病患者協議会=全患協、現在の全療協)に発展しました。

 患者作業を職員へ切り替える要求、処遇改善などに取り組みながら人間回復のために闘う態勢を整え、1953年、ハンセン病患者・入所者の人権をことごとく踏みにじってきた「らい予防法」改正要求闘争に立ち上がりました。 同年、政府は絶対隔離を引き継いで、さらに罰則を強化したらい予防法の改 正法案を上程しました。全患協はこれに反対し、強制収容、強制検診の反対、秩序維持規定の削除、秘密保持などの具体的問題点を挙げ、全力で運動を展開しました。各園での作業スト、陳情団を結成しての6日間の国会前座りこみとビラまき、ハンスト、全生園入所者350名での国会へ向かうデモ行進。 「予防法改悪絶対反対」の絶叫は、人間の尊厳を取り戻す心の表れでした。

 死力を尽くした予防法反対闘争を押し切って、「改正」らい予防法は可決成立しましたが、一方で医療、福祉の充実など9項目の付帯決議を獲得し、これが全患協にとっては結束して患者運動に取り組む契機になりました。
 
    (ルルカケス)  敢えて私見を述べるとすれば、全療協は1953年の「らい予防法闘争」後の
9項目の付帯決議を獲得し、全療協は園内の待遇改善が主な取組になったのだろう!

その後に大きな「らい予防法廃止」運動ないと思います。
しかしながら「国は匠に1996年」の「らい予防法廃止び関する法律」の
制定まで見直されなかったのではないでしょうか?

その辺は全療協事務局の神美知宏氏が詳しいのではないか???
 

Re: ハンセン病:隔離100年問うシンポ

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月19日(木)14時19分33秒
返信・引用
  > No.1196[元記事へ]

> > 全療協の神美知宏事務局長は「結成以来58年活動を続けてきたが、市民の理解が得られなかったため、予防法廃止が遅れた」と語った
>
>
> 本当ですか?
***************************

お変わりないですか!

 私もその記事を観て今書き込みをする所です。
仮に神事務局長の発言だしたら、何を今まで、本部の事務局長しているのか問いたいです。

事務局長はたまには、全療協の会長の面もある方の発言でしたら、ただのイベントですね
と、私は思います。
ではこれまで神事務協は、運動の中心を何処に置いたのでしょうか?
 

Re: ハンセン病:隔離100年問うシンポ

 投稿者:北風  投稿日:2009年11月18日(水)12時31分56秒
返信・引用
  > No.1195[元記事へ]

> 全療協の神美知宏事務局長は「結成以来58年活動を続けてきたが、市民の理解が得られなかったため、予防法廃止が遅れた」と語った


本当ですか?
 

ハンセン病:隔離100年問うシンポ

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月18日(水)08時43分3秒
返信・引用
   国の患者隔離政策の象徴である国立ハンセン病療養所が開設100年を迎えたことを巡り「全国ハンセン病療養所入所者協議会」(全療協)主催のシンポジウム「ハンセン病隔離の100年を問う」が17日、東京都内で開かれた。市民ら約800人が参加し、差別や偏見などハンセン病問題の全面解決に向けた課題を探った。

 内田博文・九州大大学院教授は「法律家がらい予防法廃止に全く無力で、報道機関も無関心すぎた」と指摘。全療協の神美知宏事務局長は「結成以来58年活動を続けてきたが、市民の理解が得られなかったため、予防法廃止が遅れた」と語った
 

ハンセン病、隔離から100年−偏見解消求め都内で集会  

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月17日(火)22時53分37秒
返信・引用
  ハンセン病患者に対する政府の隔離政策として公立療養所が設置されてから100年を迎えたことを受け、全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)が17日、都内で集会を開き、いまだに残る入所者らへの差別や偏見を解消するための方策について話し合った。

 集会には、全国13カ所の国立ハンセン病療養所の入所者や遺族らのほか、長妻昭厚生労働相や衆参両院議長ら国会議員も出席。

 ハンセン病をめぐっては、1907年に患者を隔離する法律「癩予防ニ関スル件」が制定され、明治政府は09年に全国を五つのブロックに分け、公立療養所を開設。患者は96年に「らい予防法」が廃止されるまで強制的に隔離された。

 全療協の宮里光雄会長は「未解決の問題の解決を急がなければならない」とあいさつ。(1)差別を一掃する(2)療養所の将来構想を国が明確に示す(3)元患者と地域住民の交流促進を目指すハンセン病問題基本法の理念を忠実に実行する−ことを課題として挙げた。

 全療協によると、全国13の国立の療養所への入所者は1万2千人に上った時期もあるが、今年5月現在は約2500人で、平均年齢は80歳に達するという。
 

ハンセン病:療養所開設100年、あす都内でシンポ

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月16日(月)23時02分39秒
返信・引用 編集済
  ハンセン病療養所が開設され今年で100年の節目を迎えたことを受け、全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)は17日
午後6時、東京都千代田区九段南1の九段会館でシンポジウム
「ハンセン病隔離の100年を問う」を開く。

 ハンセン病患者への強制隔離政策を定めた最初の法律
「癩(らい)予防ニ関スル件」が1907年に制定され、その2年後、
現在の松丘保養園(青森県)や多磨全生園(東京都)など5園の前身施設が開設され、患者収容が始まった。

 シンポでは、かつて全国各地で患者を療養所に強制隔離する
「無らい県運動」が官民挙げて行われたことなどを元患者らが証言。
日本国憲法下で、なぜ96年のらい予防法廃止まで隔離が続けられてきたのかを改めて参加者に考えてもらう。
無料。問い合わせは全療協(042・396・2052)へ。
 

九条の会・七尾が4周年記念の催し

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月16日(月)22時55分7秒
返信・引用 編集済
  ◆中村哲さんが平和講演◆

パキスタンとアフガニスタン両国で医療や水資源確保の活動を続けるNGO「ペシャワール会」
現地代表の中村哲さん(63)の講演会が15日、
七尾市小島町のワークパル七尾で開かれた。「九条の会・七尾」(高瀬英美枝代表)
の4周年を記念した催しで、約300人が平和の大切さを訴える話に耳を傾けた。


 中村さんは84年、パキスタンでハンセン病の医療活動を開始。
00年にアフガンを襲った大干ばつをきっかけに、「みんなが平和に暮らせる
大地を回復することが大事」と約1600本の井戸や用水路整備に力を注いできた。


 中村さんはアフガンの現状を「ベトナム戦争末期の状態」と表現。
日本からの募金と現地の人たちの努力で、約24キロの用水路を完成して
砂漠を畑に変えたことで「70万人の農民が九死に一生を得た」と語った。
「アフガン問題は日本にも関係が深い。平和とは何なのかをアフガンを通じて考えてほしい」と訴えた。
 

届きました!

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月15日(日)15時32分57秒
返信・引用 編集済
  やっと待っていた冊子届く!

実は長島愛生園医師尾崎元昭先生からのエッセイー集が届いた。
早速今晩読みます。

でも先にハンセン病資料館長・成田稔先生にお礼の手紙が未だだ。
今晩書くことにしょう!

では尾崎先生の「隔ての海に岸辺で」長島愛生園便りです。
 

「今は介護を立て直す大きなチャンス」−長妻厚労相が「介護の日」に

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月13日(金)01時39分42秒
返信・引用 編集済
  長妻昭厚生労働相は「介護の日」の11月11日、厚労省と全国社会福祉協議会が東京都内で開いた「介護の日フォーラム」であいさつし、介護現場で人手が不足する一方、国内の失業者が増えている状況を説明した上で、「介護事業を立て直す大きなチャンスと考えている」と述べ、職業訓練を広げながら介護業界に人材を積極的に取り込む考えを示した。

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11月11日は「介護の日」

 同フォーラムの開会式で長妻厚労相は、介護をする意義ややりがいなどを理解してもらいながら、多くの人が現場で働ける環境づくりに取り組んでいると説明。また、新宿にある職業訓練所では、定員が20人の介護の無料職業訓練講座に70人以上が応募したため、すべてを受け入れることができなかったことを紹介し、介護の職業訓練の場をさらに広げていきたいと述べた上で、「今、失業者の方々がいる時、介護事業を立て直す大きなチャンスと考え、取り組んで行きたい」と語った。

■職員を育成する姿勢のある職場を選んで
 フォーラムではその後、「介護のしごと、そこが知りたい!」と題したシンポジウムが行われ、介護の世界に入るきっかけや職場での人間関係、介護の仕事に就きたい人へのメッセージなどが介護現場で働く職員によって話し合われた。
 子育てをしながら老人ホームに勤める小林亜以子氏は、利用者の最期を看取った時に家族から、「あなたのところに預けておばあちゃんは幸せでした」と言われ、本当にこの仕事に就いてよかったと実感したという。
 宅老所に勤める安川祐子氏は、介護の現場では一つの職場に定着しない人もいる一方で、何気なくこの仕事に就いた人でも本当に向いている人がいると言い、「少しでも思いがあれば、チャレンジしてほしい」と語った。
 社会福祉法人の理事長をしている武居敏氏は、介護は給与が安いといわれるが、「見掛けの給料にばかり目を奪われず、職員を育成するという姿勢のある職場を選んでほしい」とアドバイスした。
 

記者会見2

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月12日(木)17時50分45秒
返信・引用
   (同じく地元新聞・南海日日新聞が伝える。)  

記者会見!

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月12日(木)17時46分2秒
返信・引用
   昨日ハンセン病文庫・友の会の記者会見を行う。

 今年最後の会見で、これまでの会の報告他新刊の紹介を致しました。

(写真は奄美新聞・11月12日)
 
    (ルルカケス) 「著者紹介」

 成田稔 (なりた みのる)

  1950年 東京大学医学部付属医学専門部卒業
  1951年 東京大学医学部病理学教室研究生
  1955年 国立療養所多磨全生園医務課
  1968年 同園整形外科長
  1981年 同園副園長
  1985年 同園園長
  1992年 国立多磨研究所(現国立感染症研究ハンセン病研究センター)所長併任
  1993年 国立多磨全生園名誉園長
  2007年 国立ハンセン病資料館館長
  日本形成外科学会専門医。リハビリテーション医学会専門医
 

妥当か!

 投稿者:ルリカケス  投稿日:2009年11月11日(水)19時41分52秒
返信・引用 編集済
    ハンセン病:国会議員懇新会長に川内氏
超党派の国会議員でつくる「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」
(127人)は10日、東京都内での総会で、会長だった藤井裕久財務相に代わり、
民主党の川内博史衆院議員(鹿児島1区、国土交通委員長)を新会長に選出した。
 
    (ルルカケス)  過日和光園来訪のハンセン病懇議(仁比聰平先生)と会長の件で雑談したが?

私は、川内議員に依頼したら、どうですかと話したが、やはり
ハンセン病議懇の会長は、川内博史議員に決まったみたいです。

しかし、津島議懇とは、どうなるのか?一本化になったのかなー
でも議員の先生の数は減りましたね!
 

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