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B型インフルエンザ

 投稿者:MIYO  投稿日:2018年 2月13日(火)12時49分16秒
  咳と関節の痛み、熱は37度台なんだけど・・昨日やっぱりしんどくて救急センターへ行きました。
以前インフルエンザになった時、売薬をどんだけ飲んでも治らなかった事を思い出して、今回も同じかなと、前回は39℃超える熱が出たけど。センターはマスクと咳き込む人であふれていました。
検査結果はやはり。今回はタミフルではなくてカロナール錠 8日から怪しかったので、14日までは自宅謹慎です。凄く流行っているそうです。
皆様も怪しいと思ったらすぐに病院へ行ってください。
 
 

新年のしらせ

 投稿者:彦坂 hiromi  投稿日:2018年 1月28日(日)14時37分19秒
  今年届いた年賀状に、和歌山県串本市に暮し始めたというものがあった。それも札幌から移った
のであって、私達がススキノで知り合ってから既に35年近くになるというのに、全く何も知らされていなかったので、びっくり・驚き、一体何があったのだろう・・・と心配も。

で、先日お手紙してみました。私達の付き合いは、たしか私が同期の友人に連れて行ってもらったのが始まりで、そのあと主人も行き、彼らはゴルフの付き合いがはじまり、我々が東京に戻ってからも、夏休みのたびに2~3度はゴルフに行っていたし、串カツを食べに行ったりと。
それも段々、齢とともに行けなくなっていつかたまに食べに行く程度となり・・・

彼はたしか九州で育って、大阪で串揚げの仕事を覚え、札幌出身の奥様と出会ってススキノで
開店という、結構変遷してきている人なので、今度も何か心機一転するようなことがあったのだろうとは思ったし、お住まいの場所が潮岬、しかも灯台にごく近い住所なので、もしかしたら
ペンションとかオーベルジュでも始めたのではなどと色々考え、そのギモンを書いて出したのです。
 そしたら昨日、電話がありましたよ。なんと、彼の血筋は潮岬に千年以上歴史のある神社の
関係だという!そこの宮司(?)が亡くなって、後継者にと白羽の矢がたったのだと。再三断ったけれど、44歳になる息子さんが「せっかく今まで続いたものを途絶えさせてしまうのは
勿体ないよ」と背中を押してくれ、しかもその息子さんがこれから資格を取って正式に47代目
を継ぐのだとか。
 知り合いにそんな人がいたことにもビックリだし、70代に入ってそういう決断をした彼も
スゴイ人生だなーと・・・
 暖かくなったら、潮岬に出かけてみようという楽しみができました。
 

西部 遇 著 「友情」

 投稿者:MIYO  投稿日:2018年 1月25日(木)17時32分15秒
  一度読んだ本をまた13年の歳月を経て、著者の自死という事実の前で読みました。

海野の自死について残る論点は死に方についてだけだ。しかしこれについてとて、焼身自殺だったのだとすれば、それは抗議の意思が五・一、そして絶望の確認が四・九ということであろう。そして、もし投身自殺だったのだとしても、絶望の確認が五・一、そして抗議の意思が四・九ということなのであろう。つまり海野にあって抗議と絶望がほぼ拮抗していたという事である。

せめて高校時代からの親友である私が、この浮浪児から秀才へ、八九三行動隊長から麻薬中毒者へ、そして八九三幹部から自死者への人生経路を辿った一人の日韓混血者の肖像を刻んでやらねば、その一生から多くの示唆を受けた者としての義理がたたない、また二人の間で往き来した人情にも停泊地を作ってやらねばならない。そう考えて筆をとり海野と私の関係を振り返ってみた次第である。

絶望の中での自死が入水というかたち なのでしょうか・・

私たちもまた、残りの人生に向き合う季節に入っているのでしょうね・・・
 

大雪

 投稿者:彦坂 hiromi  投稿日:2018年 1月23日(火)00時18分3秒
  午後から雪になるというので、午前中に病院へ。天気が悪いから人は少ないかと思いきや
いつもと同じ沢山の人ひと。やはり整形外科で、それでも比較的早く問診を終え、レントゲンを撮り、大体1時間ちょっとで診断。それで、肋骨は折れてるかもしれないけど肺に刺さってる
わけではないので、このままゆっくり治っていきますと。よくあることだそうで、怖いような
安心したような・・・

ま、少なくとも入院はなくなったわけで、めでたしめでたし!
寒いのですぐ家に帰ると、まもなく雪が本格的に降り出した。夕方の、都心の大騒ぎのニュース
をさかなに、美しく化粧した雪景色を楽しみつつ夕食。
帰宅難民には悪いけど、と思いつつ。そしたら今日札幌に帰る次男が、すでに5時間も機内待機
とのTEL。かわいそうに・・・携帯などの電源を切るようにとのアナウンスがあったから
出たかもしれないけれど、どうなったかしら。
 

痛~い

 投稿者:彦坂 hiromi  投稿日:2018年 1月21日(日)22時18分14秒
   先週17日に札幌からの友人とビールとワインを酌み交わして帰宅。寝ていた主人がトイレに
起きて足元がふらついて尻もち。するとまたも曲げた脚が伸ばせず立てなくなった。
彼の腕を必死で引っ張っているうち、なんだか右胸の下が痛い。この夜は3度も立てなくなった
ので、汗まみれの上先月のぎっくり腰(こちらは左側)までが痛くなって・・・

まあそれでも、筋肉痛だろうと様子を見ていたのだが、今日になっても幾分はよいもののまだ
痛いの。特に寝る時と起き上がる時が痛くて、先日のコルセットをつけても腰かけている時の
方が痛みが走る。かがんで右手を伸ばすのもつらい・・・
というわけで明日お向かいのけいゆう病院へ行ってきます。入院まではないとは思うものの、
万一そうなったら、彼の介護申請を急がなければとか、齢の変わり目は危険というのは本当
だな、と。

主人も近頃、「何の楽しみもないから早く死にたい」と言うことが多くて、西部さんのニュース
は見せたくないけれど。20数年前か、ベルギーかスイスからの帰り、ベルリンの空港で乗り継ぎを待っている時に、西部ご夫婦と遭遇しました。奥様の要請に「はいはい」と動いていましたっけ。
 

「友情」最後の部分抜粋

 投稿者:MIYO  投稿日:2018年 1月21日(日)20時17分20秒
  私における「あの時代のあの北海道」が、その図柄の重心をなしていた海野治夫のことを私なりに抽出し抽出してしまったせいで、急に重力をなくし、はるか遠方へふわふわと去っていくといった感じなのである。死者に聞こえるわけもないのだが、「海野、これで本当にさようなら」と呟いてみたくなる。
私も彼も、相手において生じた「受苦と情熱」の両方の意味でのパッションを理解してやらねばと、身構えていた。その意味では二人のあいだに友情が交わされていたといえると思う。もちろん「義のあるところ火をも踏む」といったような強い振る舞いを互いに交換したわけではないし、そもそもそんなことは叶わぬ話であったので、その関係を「友の情なさけ」とよぶのは言い過ぎかもしれない。しかしその真似事を演じるのに両名とも真剣ではあった。そのことを想い起こしつつ、少々気恥しくはあるが、本書の題名を「友情ーーある半チョッパリとの四十五年」とさせていただくことにする。

柏中学同級生のW君からの薦めで読んだ本でした。同窓会で昔(京王プラザの頃)お会いしてお話したことがありました・・・

ご冥福をお祈りします
合掌

http://四

 

西部さんの「友情」書評

 投稿者:MIYO  投稿日:2018年 1月21日(日)19時27分12秒
  http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011072700809.html  

ショック

 投稿者:MIYO  投稿日:2018年 1月21日(日)19時14分13秒
  今 ヤフーニュースをパソコンで、見ていたら

評論家・西部邁さん死去、多摩川で自殺か 78歳…遺書のような文書も

と、産経のニュース。

21日午前6時40分ごろ、東京都大田区の多摩川河川敷で、「男性が川に飛び込んだようだ」と110番通報があった。駆けつけた警視庁田園調布署が男性を救助し、病院に搬送したものの、まもなく死亡が確認された。死亡したのは評論家の西部邁(すすむ)さん(78)で目撃情報などから自殺とみられ、同署で当時の状況を調べている

先輩ですよね 「友情」では、故郷の学校の事 書かれていた・・
 

16期新年会

 投稿者:MIYO  投稿日:2018年 1月14日(日)12時30分26秒
  昨夜 総勢33名で開催されました 画像添付できるかな

みんな会うときは、高校生?? 久しぶりの顔もありました。
 

希望

 投稿者:MIYO  投稿日:2018年 1月 9日(火)13時25分29秒
  岸洋子の「希望」いずみたくの作詞なんですね。

お正月に、36歳の息子を亡くした彼女と数十年ぶりの再会をしました。

彼女は、生き抜いた息子と、闘い愉しんだ日々を語ってくれました笑顔で。
彼との最期になった日「何だか変なんだよね身体が・・・」と言う息子の身体をずーっとマッサージして、ようやく彼が眠ったので(朝の4時と言ってました)
朝彼女が、いつも通りに彼のほっべを触ったら冷たくなっていたそうです。

野球とサッカーが好きでよく車いすで観戦に行ったそうです。
大学時代の友人と家族のみでのお別れ会をしたと、スマホの中の写真を見せてくださいました。
彼の友人たちは笑顔で献杯していました。

長さではないといっても、言葉に尽くせない思いがあると思います。

この歌を聞きたくなりました。

どんな時でも希望を失うことのなかった彼は、いつもきっと傍にいてくれるのでしょうね


希望という名の あなたをたずねて
遠い国へと また汽車にのる
あなたは昔の あたしの思い出
ふるさとの夢 はじめての恋
けれどあたしが 大人になった日に
黙ってどこかへ 立ち去ったあなた
いつかあなたに また逢うまでは
あたしの旅は 終りのない旅

希望という名の あなたをたずねて
今日もあてなく また汽車にのる
あれからあたしは ただ一人きり
明日はどんな 町につくやら
あなたのうわさも 時折り聞くけど
見知らぬ誰かに すれちがうだけ
いつもあなたの 名を呼びながら
あたしの旅は 返事のない旅

希望という名の あなたをたずねて
寒い夜更けに また汽車にのる
悲しみだけが あたしの道連れ
となりの席に あなたがいれば
涙ぐむとき そのとき聞こえる
希望という名の あなたのあの唄
そうよあなたに また逢うために
あたしの旅は いままた始まる
 

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